勝手気ままに漫画を語ろう!忘れちゃってた古〜いのやら、昨日たまたま観たのやら。

ふと思い出して語りたくなったあの漫画。細かい事忘れてても気にしないで書いちゃってます。のんびり書けるときだけなので、更新は疎らです。気長にお付き合い下さいね。

ジョジョ5部アニメ……リストランテのテーブルは語る。

「眠れる奴隷」の件を先に原作で読んだ方なら、アニメを観て、

あれ?

…と思ったりしなかった?

例の「人間の肉は…」の場面だ。

私、あの場面、大好き。
原作ではわりとあっさりだけど、アニメはカット数を惜しみなく使い、ミスタのくるくる変わる表情が実に丁寧に描かれてて、面白さ倍増!
さらには、
セリフの言い方が最高だ〜っ!

「うしっ!ぶたっ!
とりぃ〜〜〜〜っ!」

ナランチャはあっち行けって言うど、私は一緒に食事をするならああいう陽気な人がいいなあ。
食事&下ネタ、ゲロネタ、平気なタイプよ。
ただし、大声ではマズいよね。

いやいや。

そういう話じゃなかった。

問題にしたいのは、
テーブルでの彼らの席順。

ここでの座り方が、
原作とは違っている!という点だ。

この場面の多分2日後が、
アバッキオのお茶」だよね。

この時の席はミスタを挟んで
アバッキオが(向かって)左側、
フーゴナランチャが右側。

改めて「お肉」の場面の原作を
見てみよう。

ミスタを挟んで(向かって)左側に
フーゴナランチャ
右側にアバッキオだ。

そう、アニメの配置とは逆。
ん?
この言い方は良くないか?

アニメが原作と逆なのよね。

ヴェネツィアでガッツを補給したレストランも確認したけど、
テーブルを囲む時の座り方が、
原作とアニメで違っているのはここだけだった。

つまり、アニメは原作とは違っても、
彼らが座る席を固定するのを
優先してるってことだ。

考えてみれば我々だって食卓での位置は必ず決まってるもんだ。
お父さんの席、
お母さんの席、私の席。
友人と並んで座る時には、どっちが右か左かなんとな〜くだけど必ず決まってて、
そうじゃないとそれこそなんとな〜く気持ち悪いよね。

「自分の居場所」に特別な想いを持ってる彼らなら、
テーブルでの自分の席にだって執着してて当然だろう。

荒木先生がその辺にこだわり無いとか、うっかり?だとか言ってるんじゃないからねっ。
くれぐれも。

あのアニメのポスターを思い出してみて。
メンバー全員がテーブルを囲み、ジョルノだけ立ってる、
ちょっと魚眼気味に描かれたあのポスターだ。

なぜ、
ジョルノは立っているのか?

そう言えば、ジョルノを含めて全メンバーでテーブルにつく場面は、原作にもアニメにも無い。
もしかしたら「お茶」の後にはそんな展開があったかも❔だけど、
そこは想像でしかない。

ジョルノが立っているのは、
一度も一緒に座る場面がなかった
…ってのが関係してる?とは、考え過ぎか?

アニメのスタッフがリストランテのテーブルを、
ブチャラティチームを象徴するもののように位置付けてる?
…と見るのは、どうだろう。

これは面白そうなんで、
リストランテでの場面をもうちょいと掘り下げてみよう。

え?

はあ〜ん。

へへっ。

…って事に気付いた!

それについては、続く…ね。



別の話になるけど、
5部のアニメは、カメラの向きが原作の逆になってるレイアウトが多い気がする。

例えば、
アバッキオの「お茶」を飲み干すジョルノ。
アニメは右向きだけど、
原作は左向きにだった。

どっちがいいかはさておき、
アニメはそれなりの意図と狙いがあって、こういうコンテにしたはず。
この場面でいえは、私が思うには
「勢い」だ。

カップをあおるジョルノに合わせて、背景に効果線が入ってる。
原作にもあるけど、アニメの方が強調されてるように見える。
そしてぐいっ!とやる「勢い」は右から左へ向かう方が人の目にはより効果的らしいのだ。

対して原作は、
カップを持つ手が向こう側になるため顔が隠れない分、ジョルノの表情がよくわかる。
落ち着き払って気品すら感じる。
荒木先生は、この澄まし切った表情を見せようとしたのでは?

ジョジョって、原作とアニメが
互いを補完するように出来てるよね。