忘れてたあの漫画を語ろう!   忘れちゃってるけど。。

忘れかけてたあの漫画。ふと思い出して語りたくなったあの漫画。細かい事忘れてても気にしない。

イズァローン伝説……不満たらたら。

イゼルローンの書き間違いではない。
イズァローンだ。
竹宮恵子先生の代表作のひとつ…になるのかな。
本箱の奥に6巻を見つけた。残ってたんだ。
随分前に整理をした時、全巻ブックオフに出したつもりだった。

読んでみた。
不満が再燃した。

具合の悪いことに6巻は、以前抱えていた不満の箇所が載っている、まさに、その、巻、なのだ。

結構な長編だし内容が複雑なので、あらすじを書き始めたらすっ飛ばしたとしても大変なことになる。

やめる。

だから読んだことの無い方には申し訳ないけど、私がぶちまける不満はチンプンカンプンだと思う。
すいません。

超〜ザックリ言うと。
ヒトと魔物、魔女や魔術が共存する世界。イズァローンの王子ティオキアは地下に封印されていた魔王を開放してしまった上、その身に魔王を宿す存在に。ティオキアが人間性を失い魔王に取って代わられたらこの世界は終わりだ。古代からの謎を解きつつ、魔王を滅ぼすためヒトと魔の壮絶な争い。その結末は…!


あってる?これで?

すげ〜ザックリ?

念のため言っておくと、私は竹宮先生のファンだ。作品もた〜くさん読んだ。
その上であえて不満タラタラ言うのは、一種の愛情表現だとして流して欲しい。

で、何か不満なのかと言うと、

アスナベルが魔に取り憑かれ、失った記憶を取り戻すためにゲドの魔薬を飲むあたりだ。

ルキシュの命令でティオキアを捕らえに行ったアスナベルは、彼の中に魔王を見る。危うくその場を脱するも魔に取り憑かれ、ティオキアと会った際の記憶を奪われてしまう。

無くした記憶の中に大事なことがある!

命に代えても思い出さねば…!と思い詰め、魔を祓い記憶を取り戻す力のあるゲドの魔薬を探して彷徨うのだ。

ここまでが5巻。

問題の6巻はアスナベルが苦労の末、
両目と引き換えに薬を手に入れ、
飲んで瀕死の状態になり、
蘇ってルキシュに報告するまでの話だ。忙しいぞ。

壮絶な苦しみのあと息を吹き返して何を思い出し、何をルキシュに報告したか。

そのシーン。

たった半ページで終了〜〜〜!?

実は読者は知っていた。
ティオキアとアスナベルは別にたいした話をしていないのだ。ティオキアがヒトでなくなりつつあるっぼいのは既に察していたし。
1巻分以上のページ数を費やし、ここまで彼に苦労させたからには、

いや、きっと、劇的な報告シーンがある。聞いたルキシュが折り崩れるほどの衝撃だ!
 
期待した。まあ、勝手に……ではあるが。

ところがその報告は数コマで終わり、わかった(もういい)と拒否られる始末。  

もしかしてこれはつまりアレか?
仮死状態のアスナベルを蘇らせようと旦那のルキシュそっちのけなフレイアこそが、話の展開上必要だったのか?
すべてはルキシュの嫉妬心と孤独感をMAXまで引き上げるための仕込みか?

だったら普通にケガでもいいじゃん!

あまりにもアスナベル可哀想な当時の私は、独自のストーリーを妄想すらした。

例えばあの時、
ティオキアが魔王を滅する決定的な方法をアスナベルに教え、「命に代えてもルキシュに伝えよ!」
……って展開はどうだ。
それに従いティオキアごと火刑に処し、結界への道を開くのだ。

これならアスナベルの責任重大。魔王としては阻止したいだろうし、忘れました〜では済まされない。





竹宮先生的にはクサい展開かな。

世界の明日より、個人の「愛」と「憎」。

竹宮漫画にはそういうところがある。
世界の明日を託されながら、私情に翻弄されることを隠さない。
そういう人物像を愛してるのかも知れない。

でもなあ〜。
私はやっぱりなあ〜。
カウスのような一途派が好きだ。

風と木で言うなら
オーギュよりアスラン
ジルベールよりセルジュなんだよなあ〜。